有名中・高受験指導標準札幌校

お申込み・お問合わせは TEL 011-221-5881 または、お問い合わせページから

2005年度合格体験記

北嶺、札幌光星、函館ラ・サール、麻布、鹿児島ラ・サール、愛光学園・・・
標準札幌校の会員児童から寄せられた中学合格体験記の中から、その一部を抜粋しました。

合格を目指してがんばる受験生やご家族の皆様への一助となれば幸甚に存じます。

標準との出会い、そして北嶺へ 北嶺中・函館ラ・サール中 合格

U・K君

僕が標準に入ったのは4年生の初めの時でした。当時は標準に行く時間ギリギリまで予習をしても間に合っていなかったと、母が教えてくれました。

一番最初に受けたテストの結果は算数と国語が30点~50点で、社会が97点でした。その時はたしか、車に乗りながら標準に来るときも、教科書の「合格必修シリーズ」を見ていました。そのときの目標は三教科の合計が、平均点以上とることでした。四年生の終わりごろになってくると平均点以上とれるようになったので、次の目標は「全国成績優秀者一覧」にのることでした。そして、5年生の春になると、ぎりぎりのるようになりました。

しかし、それもつかの間で、夏から冬にかけて合計点が50点以上もさがり、点数も不安定になってしまいました。その原因は新6年生になる少し前にわかりました。一つは、夏から秋にかけて、入っていたサッカー少年団の試合に力を入れ、勉強をおろそかにしてしまったことです。もう一つは、このままかっていれば、一覧表にのれる、と自分の力を過信してしまったことです。

6年生になると、サッカー少年団をやめ、「汚名返上」を旗印に、「今まで以上」のゴール(最終ゴールではないが)へ向けて勉強しました。するといっきに、345点か365点がとれるようになりました。しかし一ヶ月すると、また成績が下がってきてしまいました。 しかし今回は、親からのアドバイスや、札幌校の同じぐらいの点数の人からの影響もあり極たんには下がりませんでした。
公開実力テスト、模試、北嶺ゼミ、冬期講習などを通し、準備は万たんでした。そして1月10日の朝が来た。午前8時15分に北嶺の体育館に集合し、出陣式を行いました。そのおかげで少しきん張がほぐれました。
国語で時間配分のミスしてしまったが、全力で試験にとりくみました。結果は自分の目標とした合格でした。

志望校がA判定の君へ 北嶺中・札幌日本大学中 合格

K・S君

ぼくは、志望校の判定はずっとAだった。
個人面談でも、志望校には熱を出してもうかると言われ、ぼくはよゆうだと思っていた。

それなのに、6年生になってもあまり勉強をやらず最後の公開実力テストの前に少しがんばったくらいだ。たぶんこのパターンは、志望校の判定がAでよゆうのある人はみんなにあてはまる。この場合どこかで気持ちを切りかえないとこのままのゆるゆるの勉強で入試までいってしまうのだ。ぼくは、あるきっかけでかわった。あるきっかけというのは大晦日に勉強をやって受験生気分になり、そのまま3ヶ月も勉強をして受験日までやり通した。

きっかけがないと多分、ゆるゆる勉強からぬけだせないだろう。きっかけはとても大事だ。だから受験生のみんな、自分が変わるきっかけをさがしてほしい。

ちなみに試験日、前日はあまり勉強をしない方がいいというのはウソだ。
ぼくはそれを信じて、スーパーファミコンをいっぱいやったら、理科の時間に集中力がとぎれた。
だから試験日前日は普段通りの勉強をした方がいい。

受験までの努力 北嶺中・光星中 合格

MS君

僕は1年生の時からこの塾に通っていました。この頃は特に目標はなく、勉強はあまりしていませんでした。

3年生になると、新しい仲間が増え、私立中学校の「北嶺」という中学校があることを知り、それを目標として、勉強時間をどんどん増やしてがんばりました。5年生になると新しい科目が増え、算数も難易度が高くなったので、危ないと思い、授業時間を増やしたり、合宿に参加したりしました。

その調子で勉強し、受験学年になるとさらに勉強量を増やし、基本からやり直しました。計算ミスだけはしないように、理科・社会は、とにかく覚えるということを中心に、それができたら応用にという方法で勉強をしていました。

そして、受験の日、標準でテスト慣れしていたから、あまりきんちょうしないでおちついてできました。算数は、落とせない計算問題や基本問題を、ていねいに時間をかけてやりました。今年は平面図形が出なかったのは残念だったけれど、ある程度できたと思いました。

標準に通っていて良かったと思いました。
標準の先生方、いままで本当にありがとうございました。

受験 北嶺中・北海道教育大附属札幌中 合格

YS君

1月14日、標準のみんなと合格祝いをした。
いままで、合格を目ざしてがんばって来た受験勉強が遠い昔の事のように感じる。10月ごろから、始まった北嶺ゼミのおかげで、ぼくは北嶺合格と教育大付属中合格ができたと思っています。

最初のうちは難しくてついていくのが大変でした。
でも、ゼミが終わった後に先生が、わからないことを教えてくれ、今度はもっとがんばろうという気持ちになりました。特に自分でも算数に力を入れるようになって、点数も少しずつ上がっていきました。

そして、北嶺ゼミが終わり、とうとう入試になった。北嶺ゼミで教わったことを思い出し入試にのぞんだ。
「満点は必要ない」「自分に冷静になれ」先生の言葉を一つ一つ思い出す。そして最後にくいのない答案を作ることができました。

そして合格発表の時、ぼくはどきどきしながらけいじばんを見に行きました。合格していてうれしかった。
ぼくはゼミにとても感しゃしています。先生方どうもありがとうございました。

入試への道 北嶺中・光星中 合格

KN君

ぼくは5年生になって初めて北嶺中を知り入ってみたいと思いました。
ところが塾の先生に聞いてみると今のままではだめだと知り、北嶺中の説明会に来ていた標準に入ることに決めました。

新6年生で標準に入りました。最初のテストで30点にも満たない点数で絶望しました。
やっぱり前から入っている人にはかなわないのかと思いましたが、5年生でAクラスに入っている人がいると聞き、必死にがんばりました。時には親にもおこられたりテストの点数もわるかったりしましたが、その時期があってこそ今があると思います。おかげで平均点が100点も上がり一時300点となりました。

いま思うと標準に入ってがんばったからこそ今がありそして合格という夢のような事実があると思います。

この1年間で最も楽しかったのは友達とのテストの競争です。勉強をがんばってやればやるほど点数が上がりそして友達に勝つというのがなによりの楽しみです。友達はライバルでもあり遊び仲間や相談相手でもありました。

最後に言えることは、合格にはいろいろな人たちに助けてもらっていることと、自分自身ががんばらなければいけないということです。

勉強で必要なこと 北嶺中・函館 ラ・サール中 合格

AT君

僕は小学5年生の時に入りました。
入った当時は予習→授業→復習の方法に慣れず、教室でやろうとしてもできませんでした。
しかし、4月(入った時は2月)くらいになると、280点くらいとれるようになり、順位表に名前がのるようになると、5月→6月→7月→8月と少しずつあがるようになりました。

しかし、ずっと上がるわけもなく、それから 6年生になるまでは、上がったり下がったりをくりかえし 5年生が終わりました。 6年生になると、少し5年生の時の努力のつかれもでてか、だらけてしまいました。

その時に N君等にぬかされ、7位くらいに落ちてしまいました。
「それではいけない」と、努力をするようになりました。 すると成績があがっていき、駒馬東邦がB判定くらいまであがりました。

しかしまただらけてしまい第4回模試では、駒馬東邦がDにまで落ちてしまいました。それで、少し危ないと思った僕は、初心にかえりまた努力しました。その結果、冬期講習のテストでは駒馬東邦が再びBまであがりました。しかし、この前の経験で油断をするとまた下がるという事を知っていたので、函館ラ・サール(前期)と北嶺の入試までには、過去の問題をやったりしてすごしていました。

そして、北嶺入試がやってきました。 おととい、函館ラ・サール(前期)の入試があったのですが、さほどきんちょうはしませんでした。 テスト中は確実に1点をとろうと努力し、テストが終わると 休み時間には仲の良い友達としゃべったりしていました。

そして、北嶺の結果がでる日、僕は車からいそいで出て(大丈夫かなぁと思っていたのだ)、見ると自分の名前があった。 心配事もなくなり気持ちが楽になりました。 僕は"努力とやる気が一番大事!"と標準から学び、これからも英語等の勉強を北嶺でがんばります。

今までお世話になった皆様ありがとうございました。

受験を終えて 北嶺中合格

TM君

僕は4年生の冬に標準に入会しました。
その時のテストは算数は好きだったので、納得のいく点数が取れましたが、理科と社会は学校とすごく差がついていたので、「追いつかない」と思い、最初は理科・社会を中心に勉強しました。

資料集を買って勉強してみたり、予習・復習を毎回きちんとすると、だんだん成績が上がっていきました。しかし、今度は国語が悪くなってきました。 理由は国語をおろそかにしていたからだと思います。そこで先生にどうすればいいか尋ねると、
「長文読解を中心に勉強をすればいい」と教えて頂いたので、それを中心にすることにしました。すると、4教科の得点が安定して320点ぐらいとれるようになり、成績優秀者にも名前がのることができました。

そうしているうちに、5年生の夏合宿の日が来ました。そこでは、集団生活の面も学び、とてもためになりました。また、1日8時間も勉強するのかと心配でしたが、参加してみると友達同志で問題を作って解きあったり、先生から出題される問題を解いたりして、1日8時間よりも多く勉強できたと思います。

夏が終わってからは兄が受験だったので、家の中がそういう雰囲気になっていて、家で勉強する日が多くなりました。自分の勉強の仕方が早いうちに身に付けられたので、6年生になってからも成績を安定させることができました。

6年生の夏合宿の最後のテストでは、合宿のまとめとして高得点でしめることができました。北嶺・函館ラ・サールの入試には自信を持って臨むことができました。北嶺は上位合格を果たせてうれしかったです。

僕は標準にはいって算数の難問を解く楽しさをしったので、得意になることができ、先生方には本当に感謝しています。

標準の先生方、最後まで僕を支えて頂きありがとうございました

標準で学んだこと北嶺中合格

NM君

ぼくは、6年生の9月からの北嶺突破ゼミから標準に入会しました。
その時の得点は、国語は結構取れていました。しかし、算数・理科・社会は得意な単元では85点~90点と満点近く取れましたが、苦手な単元では、30点~40点くらいしかとれず、得意分野と不得意分野の差が大きくありました。

また、テスト慣れをしていないため、自分が得点できる問題も落とすことが多くありました。だから、入試までの期間は、苦手分野の克服に力を入れて勉強しました。また、算・国は毎日の積み重ねによって実力がついていくし、中学校にもつながると思っていたので、重点的にやりました。

しかし、成績というものは、数ヵ月後にはじめて形となって現れるものなので、はじめはあまり点数があがりませんでした。 そして、北嶺ゼミも終わり、冬期講習に進んでいきました。

冬期講習の教科書は、とても役に立ちました。そして、しっかり予習・復習をしました。
冬休みはまとまった時間がとれて、受験の効果を上げるのに最適だと感じたので、かなり真剣に、そして集中してやれました。その時の勉強は今まで通り算・国中心に、また北嶺中学校入試問題を平成5年~16年までしっかりやりました。 また、理科・社会は1分でもひまな時間があれば覚えました。

そして、北嶺の入試の日がやってきました。ぼくは、落ち着いてやることを自分に言い聞かせて、自信をもってやりました。結果は合格でした。

ぼくが合格できたのは標準のおかげだと思っています。

受験までの一年 北嶺中・光星中 合格

YM君

ぼくが、北嶺中学校と北星中学校を受験しようと決め、他の塾に入会したのは、6年生になったころでした。
人より塾に入ったのが遅かったにもかかわらず、勉強はあまりやりませんでした。こんな事で受かるわけがないと思い、夏休みはほとんど遊ばずに、夏期講習で勉強しました。夏休みに毎日勉強すること事など、やった事がなかったのですごく大変でした。しかし、がんばったかいがあり、夏の道コンでいい結果がでました。

道コンがよかったので、調子にのり、またテストの点数が下がっていきました。その後がんばったので結果はよくなってきましたが、その塾は、あまり受験にたいする事をしてくれませんでした。

それで、第一志望の北嶺対策をしてくれる標準札幌校の北嶺突破ゼミに入りました。
はじめは、テストがすごく難しく、とくに算数の点数が悪かったです。しかし、標準でもらったプリントを家で何回もやっていくうちにだんだん力がついてきました。

冬休みには冬期講習に参加しましたが、教材がとても難しく、このレベルの問題が出題されたら自分はおちてしまうかもしれないと思い必死になって予習・復習をやりました。苦手な算数をカバーしようと思い社会・理科・国語の3教科に力をいれました。

1月8日の光星中学校の試験は、すごく緊張しました。
しかし、自分のやってきた所を冷静にといていくことができました。

1月10日の北嶺の試験では、光星の時よりも緊張して、算数をカバーするはずの理科があまりできませんでした。しかし、算数がよくできて、おどろきました。けれど、受かるどうかすごく心配でした。

合格発表の日、インターネットで2校の合格者の中に自分の番号があった時はすごくうれしかったです。あきらめなければ、始めるのが遅くても受かれるんだと思いました。

受験を終え 北星学園女子中・北海道教育大附属札幌中 合格

MNさん

4年生の春、標準に入会しました。
学校の勉強との違いに戸惑いましたが、少しずつ慣れていきました。
5年生で受験を決意し、わからない問題もくり返し取り組む事で、理解できるようになりました。

今回、附属中学校と北星に合格出来たのも標準に3年間通い続け、先生方に丁寧に教えて頂き、難しい問題もコツコツやり続けたからだと思います。

私は、小さい頃から体操や水泳・スキーなどのスポーツのスクールにも通っていました。
標準に通い始めた頃は、両立するのが難しいと考えた事もありました。でも、どれも好きな事だったので、やめる事なく続ける事ができました。スケジュールはとても忙しいものになりましたが、時間を上手に使える工夫が出来るようになったと思います。スポーツの面でも、自分の納得出来る結果を出す事が出来、自信につながりました。

今、両方あきらめずに頑張って、本当に良かったと実感しています。
これから受験する皆さんも、あきらめずに頑張り続ければ成功につながると思います。
私も中学受験が終わっても、油断せずに努力し続けるつもりです。

合格までの九ヶ月 光星中・北嶺中・北海道教育大附属札幌中 合格

KT君

僕が標準に入会したのは6年生のゴールデンウィーク後でした。
それまでは塾に行かず様々な公開模試だけ受けていました。しかし、首都圏と道内では判定がまちまちでした。公開模試の中では標準で受けたものが一番難しいと感じたし、判定も悪かったです。

入塾してBCクラスに入ると予習するだけで手一杯。5年生までは夜8時に寝ていたので生活が一変しました。夏の合格合宿に参加してからは"絶対にAクラスに入る"という目標を立てて頑張りました。順位も上がり、努力が認められて秋からAクラスに上がったときは本当にうれしかったです。

北嶺突破ゼミが始まると、特に算数は難しくて解説だけでは理解できず、質問のFAXがどんどん溜まっていきました。
このころ生活を朝方に切り替えていたので一番辛い時期でした。過去問も問題集もどれから手をつけていいやら気ばかり焦ります。本番まであと2ヶ月足らず。そこで他の参考書には手をつけず、標準での復習に絞りました。

週末テストの復習を終えると北嶺突破ゼミの問題を全てやり直し、満点になるまで繰り返します。 但し、一度問題を見ているので制限時間を7~10分短くしてタイマーで計ります。

北嶺の過去問は冬休みに入ってから解きました。これも制限時間を10分短くして、本番と同じ教科、同時間の朝8時50分にスタートさせ、休憩時間にお弁当を食べる練習までシュミレーションしました。(緊張していたり、友達と話したりしているとお弁当を食べる余裕もなし、お腹がすくと最後の教科で集中力をなくすのでかなり重要と思う)

北嶺突破ゼミ終了後、すぐに教育大附属札幌の試験。筆記試験は教科書レベルの基本しか出ないので、他と差をつけたいなら絶対にケアレスミスは出来ないということです。体育実技では指示どおり確実にこなせば大丈夫だと思います。集団面接では緊張しましたが、"はっきりした口調"を心がけ、自分の言いたいことが伝わったと思います。
(標準で面接の練習をしたことがかなり役立ちました)

光星の筆記試験は4年生の範囲から多く出題されていたように思います。
本命の北嶺ですが、"やることはすべてやった"と自分に言い聞かせ、試験会場では春からこの教室で勉強している自分をイメージすることで緊張が和らいだと思います。

試験を受けた後ではあの北嶺突破ゼミのほうが難しく、本番のほうが易しく感じました。
結果は受験した三校全てに合格することができ、本当によかったです。遅いスタートのうえ、算数が苦手で"受験は無理かも"と何度も挫けそうになりましたが、標準の先生に励まされてなんとか乗り切れました。

そもそも道内模試の判定に甘んじていたら今の合格はなかったと思います。
標準の先生には本当に感謝しています。ありがとうございました。